和漢薬No.644(2007.1)
 
 奈良時代に招来した神農本草経に牛黄の記載があり,その後,最古の法律書物の養老律令に,「凡そ官の馬牛死なば,おのおの皮,脳,角,胆を収れ,若し牛黄を得ば別に進れ」とありとの記載が確認されています。各律令の正文中に薬名が記載されているのはこれだけの様であります。また風土記(713)に日本国内産地の和薬として牛黄が採られています。国家鎮護の仏教と国分寺や国分尼寺に必携と定められた,印度伝来の金光明最勝経の流水長者の項目の牛黄の薬効と相乗して,国家に供出させて仏教の流布に利用され,牛黄渡来の初期は障魔の文物として貢献したと推察しています。

 その後医心方(982),屯医方・万安方・福田方(1362)の薬方書が現れ,すでに薬物として使用されたことが記載されています。歴代の日本の名医処方でも麝香や犀角に比して牛黄の使用は少なく,浅田宗伯の勿誤薬室方函□訣の解熱,弛筋の「犀角大黄湯」があります。牽牛子と大黄の二味の処方を巷間で牛黄散と標榜することが多く誤用せぬ注意が必要であります。また小児の宿食の「龍黄丸」が金蘭方に紹介されています。
 我が国では各医家の□訣として臓の中風は牛黄で助かるが,腑に至った風は麝香しか救い様がないと言い伝えられています。古来より仏道の関係で食牛肉の習慣がなくまた使役牛が少なく,また牛黄の原因の胆嚢疾患の罹患率がかなり低いので,大陸に比べて使用頻度が低いと推察されます。
 蔵書の中から興味のある使用方法を列記しておきます。案外,御役にたつかもしれません。東北大学の狩野文庫の水腫良方草稿に腹水処方として牛黄,椒目,昆布,海藻,牽牛子、桂心,葶藶子で蜜丸を造り服すの記載があります。他に水腫両方の夥しい対処が記載されているので,現在に応用できると思います。同文庫には山脇東洋先生方函があり牛黄蟾酥丸が一切の疔腫瘍の発表化毒剤として登場しています。他に鎮神丸があります。どうも鎮心,利尿,化毒の用法が多かったと思えます。

 また同文庫の玉泉流眼科秘伝書の小児眼病門に脾疳内薬として牛王丸,肺疳内薬として加減牛王丸が登場しています。薬性については牛玉は温しむ,其のままつかう,外障強かかりたるにつかうべし,小児の疳目に吉,出来物を治す,うずきを止めるの妙,多くはもちいずの口伝と解説していて興味深い。享保6年の賛があります。なお日本の名医家,和気家の秘伝書には麝香,犀角,龍歯などは記載が多いのに同文庫には牛黄の使用例示がなく奇妙な事と思っています。牛黄は応仁年間に一条兼良が残した「尺素往来」に記載があり,牛黄並びに白花蛇は得難きにより未だ本望を遂げず。昔から貴重品で新渡の済物,即ち中国や当時の朝鮮の国からの輸入に依存していたことが記載されていています。戦国の世が終わり,異国との貿易が盛んとなり,鎖国命令の下でも隣国の中国と朝鮮とは貿易が盛んで,麝香,霊猫,高麗人参,竜脳なども牛黄とともに輸入量の増加が見られ製剤の技術進展とともに国内でも牛黄製剤が諸藩の産業奨励とともに盛んになりました。 15世紀以降は牛黄は売薬の形態をとって丸,散,膏,飲,練の調製で医師の処方箋によらず世人の応需により販売されました。

 ところが江戸中期時代から牛黄の心臓系統への引経の効能に着目して大内山や幕府、諸大名、僧侶などに牛黄配合の携帯薬が街道の整備とともに全国的に広がっていきました。薬剤の形状は片、丸、散,嘗め薬が主流でした。中でも加賀藩の薬の製造知識は特筆すべきものでした。興味のある方は三浦孝次博士の名著「加賀の秘薬」を読破してください。手元に長年かけて集めた資料に加賀藩の江戸期の名薬の袋と引き札があります。特に現在まで連綿として残っていて今後も国民的総意で,将来にわたって残すべき牛黄製剤として「烏犀圓」があります。

 烏犀圓の事を知らない方があると思いますので簡単に説明してまいります。現在は金沢市尾山町の混元丹本舗の中屋様が「烏犀圓」を製造しておられます。他に一系統として佐賀市材木の野中様のウサイエン製薬の「野中烏犀圓」があります。他に馬専用動物薬の烏犀圓が東京に残っています。加賀藩から解説していきます。烏犀圓の誕生前に.金沢の薬種商人の祖伊藤政親は永享年間に(1400)に加賀に亙り.一向一揆の指導者となり.その親戚の中屋が大正元年(1573)に混元丹の製造を始めたことから売薬の基盤が確立しました。雪深き,加賀の冬は殊に寒さが厳しく、脳梗塞や心臓疾患で絶命するものが多く,歴代の藩主は世界最古の漢薬書物の「本草綱目」の研究に傾倒し薬方の収集を全国規模で行いました。五代目の前田綱紀の御代になり本草学者稲生若水の指導のもと、藩の秘薬を公開して庶民の治療にあたらせました。その時本処方は薬舗の福久屋,中屋、宮竹屋に製造を許可されました。加賀三昧薬の万病圓,紫雪の一つでもあります。烏犀圓は中風,動脈硬化に著効があるといわれています。もともとは56種の多味配合製剤で、蝉殼.牛黄、烏犀角,阿膠、白花蛇、蚕の糞、全蠍,現羚羊角,麝香、晩蚕蛾、かまきりの巣,虎骨、狐肝、烏の黒焼き等14種もの動物生薬が混合されていて,練り薬のため奇麗な容器に納められていました。現在水戸の水府文
庫と久能山に江戸時代の容器と現物が残されています。徳川家康愛用の御薬で徳川諸家にも保存されていました。私方の資料館には中屋様の大型掲額看板が残っています。石黒家の福久屋様は岐阜の内藤記念くすり博物館に見事な製造関係の文物一式が保存されています。

        

 現在烏犀圓は加賀では中屋様だけで製造されています。構成生薬は22種に減じていますが天竺黄など西域の薬物も使用され、起源が中国の唐時代と窺えます。効能は動脈硬化症,血の道不順,神経痛.リュウマチとなっています。
 
 日本で約500年間の製造が中屋の累系で継続されていること自体奇跡と思います。本処方の効き目はすごく、私も古方に従って試用したところ、東洋医学界の重鎮の方々が脳梗塞で倒れられ、意識混濁や身体麻痺の状況下,私共に相談があり麝香製剤と併用すると回復が著しく、それを看られた同室の方々も大勢の方が試され回復し、御慶びいただきました。補腎活血や通窺活血還魂が経験的に理解されていたのだと類推しています。中屋様の烏犀圓だったと記憶しています。

 近代医学のない時代牛黄や犀角、麝香などの動物薬の薬性は経験がEBMになっていたのでしょう。ワシントン条約の承認で麝香や犀角は承認成分から外されましたが、叡知の組み合わせで原薬に近い効果は確保できそうです。防黴薬剤として安息香酸Na等が添加されましたが大勢の配合比率は変貌が少なく、当初の原型をとどめています。認知症状の改善も予測されるので、一度地元の医科大学でデーターを集積し、光りを照てて戴きたく思います。

 日本の民族薬の牛黄配合薬剤の最優先保存大衆薬は中屋の「烏犀圓」だと思います。家康や光圀が愛用し歴史的に毒性の少ない事が経験されていますので,新たな医薬品の再評価の時期を迎えるにあたり、行政や薬業界の叡知を傾けて保存に協力を要請したく,本原稿をお引き受けいたした一因です。戦前戦後の困難な時代,人為要素,経済要素,法律の要素,資源要素の格困難なハードルを越えて残ってきた日本民族の精密産業の伝統薬に今一度,目をむけていただきたく思います。機械産業だけでなく医薬品も知的財産なのです。

 一方漢方栄養強壮薬として残存した,野中様烏犀圓は虚弱体質,肉体疲労,胃腸虚弱,病中病後,食欲不振の場合の滋養強壮の効能を有しています。加賀藩の烏犀圓販売者が密偵で,この者を殺害して,流通が途絶え鍋島公の要請で製剤化された佐賀藩独自の烏犀圓です。本品もワシントン条約批准下に犀角を成分から除外しました。本品も同時に保存の必要性をかねそなえています。もう少し詳しく解説しますと,野中様の来歴書によりますと寛政8年に佐賀藩主8代鍋島治茂公の施薬所の秘伝薬を野中家へ御下賜されたもので,烏犀圓を北宋の医書の和剤局方に則る薬効として厄年(41歳)からの早老性障害(視力,聴力,精力減退)並びに中風症(血管硬化)を回復し,体力,気力を愉快に保持する不老長寿若返りを目的として調製し,現在は13種の薬物を構成生薬としています。独特の清涼感のある鳥犀圓です。当店では運動競技者に愛好家が多く,体力増強作用に注目しています。

 此のほか,救心,奇応丸,感応丸,六神丸に代表される牛黄配合五疳薬として数多くある配置薬や小規模伝統薬の保存は行政特別区事業として推進されるべきものでしょう。天然麝香は中国以外にもロシアのワシントン条約適合品が細々と輸入されていますが,将来の個体数激減と麝香国内在庫割れに備えて,養殖麝香含有の六神丸の輸入許可取得にも貢献関与したことがあります。世代が更新するほど罹病割合が高まり,現状では大量繁殖は困難ですが将来に備えての上柵と考えています。六神丸の用途も中医学研究の進歩により心臓よりも咽頭部分や扁桃部分の炎症鎮静に現場では使用されているようです。

牛黄清心丸も近年の中国国内旅行の進展により,比較的簡単に人手できる高貴薬ですが佐薬の清熱解毒・平肝息風をしめす羚羊角が中国薬典より除外されたため,いずれ我が国でも一部承認変更が問題になると思います。麝香は同じ薬能を示す霊猫の配合に既に変化しています。構成薬物の変化で牛黄製剤の存続がおびやかされつつあります。

 次に1986年に英国で初めて発生してから1999年4月30日まで177,700頭が感染したウシ伝達性海綿状脳症(BSE)は,ウシ等由来物を原料として製造される医薬品等の品質及び安全性確保については,平成12年12月12日付け医薬発第1226号医薬安全局長通知(以下「局長通知」という。)及び医薬審第1293号医薬安全局審査管理課長通知(以下「課長通知という。」)をもって通知されたところでありますが今一度概略を平成13年5月当時の時点で下記資料にて紹介しておきます。またこの通達により我が国の動物製薬製剤各社は当時,アメリカ,カナダ,日本の牛胆汁の原産国から我が国がBSE発生国になったため,行政指導に従って,日本を削除する一部承認変更申請を直ちに実施されました。これに伴って若干の胃腸薬と五疳薬が姿を消しました。但し,胆汁に関してはEUの感染リスク分類においても最も安全性の高い,感染リスクのない区分(肉や牛乳と同様区分)に該当しているので問題はないとされているのを補足説明しておきます。

 なお牛黄も胆汁と同じ安全な部位に該当するとともに,日本の製薬企業は,BSE発生国並びに発生リスクの高い国の原料は一切使用しない態勢をとられているので,安心して販売されています。なお,各社は牛黄,牛胆汁,羚羊角,鹿茸,麝香等のプリオンの検査も真摯に行われています。

 BSE混乱時に救心製薬株式会社の研究所が,プリオクニス社(スイス)のモノクロールプリオン抗体を用いた,ウエスタン・ブッテイング法のプリオン検出方法を一早く導入され,その方法を牛黄含有製剤製造メーカーに御指導いただき,業界が窮地を脱したことも特筆しておきます。今後も新たな情報収集と研究継続が,BSEとともに予測される新たな発生疾病と牛黄の因果関係が有効性と安全性とともに求められるでしょう。

 これ以来,薬局に納入時に「ウシ及びその他類縁反芻動物を原料とする医薬品報告書」仮称を当方に御提出いただき,必用項目として原料名ゴオウ,販売名及び承認番号日局ゴオウ,承認書写し,動物由来成分の名称ゴオウ,原産国綱目分類1誕生場所2飼育場所3屠殺場所,処理方法例示,牛の胆嚢,胆管中から取り出した牛黄を奇麗な水で洗い,天日干しをして製する等記載,使用部位(組織,器宮名等),胆石,BSE感染がないことを確保する措置の内容(検査項目,検査方法及び処理方法等を含む。),その他の事項記載例示,弊社が販売していますゴオウは納入時に調査の結果,平成12年12月12日医薬審第1296号通知で厚生省が使用してはならないと定めている「原産国名(BSEの発生が認められた国,現在ではアメリカが追加)を列記、及び「使用部位ではありません」会社名,担当者名,及び連絡先等の許容限度内で要請しています。消費者が情報開示を求める際に一番説得力があります。

 日本では牛黄製剤に限らず,数百年継続販売されてきた伝統一般薬で新たな副作用の出現していない商品の保存を,経済的な利潤面よりばかりでなく,国民の知的財産と捉え,調剤権の獲得ばかりに目を向けず,EUやアジア諸国ですら自国の文化から形成された医学知識を大切にしてきた教訓に学び,推進していただきたいと思います。

 最後に中国で残っている牛黄処方製剤を紹介しますが,手厚く保存しています牛黄も人工牛黄を開発しBSEの対策と安定供給を図る努力をしています。

 手元に1992年に交流のあった南京中医学図書館より恵贈された中国薬物大全に収載されているものを列記しておきます。

牛黄上清丸,牛黄抱龍丸,牛黄解毒丸(片),牛黄鎮息丸,万氏牛黄清心丸,安宮牛黄丸,(局方)牛黄清心丸,牛黄降圧丸,梅花点舌丸,万座錠,局方至宝散,牛黄八宝丸,牛黄至宝丸,牛黄安心丸,牛黄清胃丸,清心牛黄丸,牛黄保嬰丸,牛黄清火丸,牛黄消炎丸,牛黄清宮丸,牛黄清宮丹,牛黄醒消丸,鎮息丸,阿敏,牛黄小児散,小児牛黄清心散,小児牛黄散,小児息風七厘散,小児清肺散,抗熟牛黄散,伊嚇,牛黄上清片,牛黄清肺片,牛黄清脳片,清熱鎮息片,鎮病片,安脳牛黄膠嚢等があります。

 今,中国で300年以上の営業実績のある北京の同仁堂薬局で販売されている著名な牛黄含有製品の名前を列記して,他国での牛黄製剤の骨格現況を御理解していただきたいと思っています。同仁堂薬局の315年記念の北京中薬と称される冊子で,現在生産されているすべての商品が記載されているものです。記念に贈呈いただきその後,我が国の中成医薬品の許認可に大いに役立った資料です。当時配合成分すら判らなかったものです。

牛黄清心丸,安宮牛黄丸,再造丸,大活絡丹,活絡丹(人工牛黄),十香返生丹,局方至宝丹,清眩治擁丸,安宮降圧丸(人工牛黄),小児至宝錠,至聖保元丹,金黄,抱龍丸,牛黄解毒丸(片),牛黄清熱散,賽金化毒散,救急散,臍風散,牛黄至宝丹,牛黄上清丸,牛黄清胃丸,牛黄清心片,人参再造丸,牛黄清宮丸,六神丸,喉症丸,営心丹(人工牛黄),無極丹,西黄丸,久芝清心丸,活血消炎丸,梅花点舌丹(人工牛黄),錫類散,康氏牛黄解毒丸,小児牛黄散,珠黄散,鉄圭丹,小児急驚粉,定畜化風錠等があり,脈々と牛黄の薬効を活かした一般用医薬品が継続使用されていることが理解できます。
我が国も手元の製品群をよほどの支障が出現しない限り保存伝承する目前にせまる時代が到来したと思っています。

 高齢化社会においては作用が緩和で歴史的な裏付けの商品が愛顧されます。一時的な健康食品はまだ安全性が確認されるのに数百年の摂食経験で毒性や食性が確認されるでしょう。試験管内と生体内では諸条件が違いますし,接種固体差もあり難しいと思います。

 今後の牛黄製剤の発展として理気薬剤と利尿性薬剤の牛黄製剤を開発,後世に残すことにしました。
両者とも某の動物薬大手メーカーより発売され国民の健康に寄与しています。前者は名古屋玄医の感応丸の順気剤への変方であり,後者はセンソの強心利尿作用と無蓄積毒の特質で心臓浮腫改善の心臓薬として既製製品とは別格の地位を築きつつあります。
包装意匠も手掛け,一瞥で日本薬と誇れるものとしました。

 製薬メーカーと製品が生き残らなければ販売店も生存できないのです。

 今後数年で明治時代以来の我が国独自の医薬販売体系が登録販売業という新分野に呑み込まれます。
登録販売業者の生涯教育の場においても動物薬の経時変化,薬性も講習内容等に加えていただき,牛黄製剤ともども伝統古典薬を次世代の市場でも後世に遺したく思います。またGHQTが新医療制度のもと処方として遺したい古方の漢方製剤の危機的状況についてもいずれまたの機会にお話ししたく思います。





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