伝統漢方専門老舗




 漢方と最新治療
  
        19巻・4号 2010年11月

    漢方と薬剤師の果たす役割18

       
  第十七世
       片桐 平智

  
    創業文禄2年 創業四百有余年 
      伝統漢方専門老舗
                
       片桐棲龍堂


 我が国の伝統医学を後世に官民挙げて遺してほしい

紫 雪

 今,手元の北京同仁堂の紫雪をしげしげと眺めているところです。千年以上の歳月を超えて現存している鉱物主体薬です。正倉院薬物であり,天平時代に鑑真和上が舶載したとの説の伝承もある貴重薬です。紫雪について触れる事は後述しますが,消滅した我が国で苦い経験があるからです。

 紫雪は碧雪,紅雪などとともに,かつては江戸時代に加賀の前田公の庇護のもと,加賀秘薬として汎用された処方です。今から40数年前に岐阜羽島の「内藤くすり博物館」が開館し,資料展示物の寄贈と提供などでオープンセレモニーに招待され,当時の生薬学会の重鎮の清水藤太郎先生のご講演とともに加賀秘薬の講演があり,兎血丹や我が国独自の製薬品の解説でその存在を知ったこと,金沢の石黒伝七家や中屋家の紫雪の豪華な薬看板に感銘を受けたこと,その後,NHKで石黒家の小判を沢山使用して練金術師の如く,はたまた,炉での刀鍛治の如き,頬を炎の照り返しが染める紫雪の製造現場の風景のすさまじさが,我が国独特の医薬品製造方法が映像として脳裏に焼き付いたことです。

わが家にも金沢の宮竹家の江戸後期の薬看板が遺っていました。
また大手医療漢方薬のメーカーのお屋敷にも壷に大切に,江戸期の紫雲が保存されていると聴き及びました。
丹薬で緊急時にはまだ使用可能とのことでした。
徳川家康も烏犀円と同様に異常なほど執着した処方です。
主な効能は人事不省の還魂,高熱よりの脳幹保護,服毒の解毒,渡海の船酔い等です。医療用途主体の210処方以外にも,奈良時代の医療用途薬物や室町時代の汎用処方も大衆薬として,現在もほんの数点,民族遺産として存在しています。

麝香の生産大国の中国ですら資源の将来を考慮し,紫雪が20年前にワシントン条約で麝香で消滅しかけた時,人工,養殖麝香で危機を回避しました。
我が国の伝統薬として五 薬「六神丸」がありますが,平成元年のワシントン条約批准で輸入が制限される危惧あり,数年前に松浦薬業様に進言し我が国で最初で最後の養殖麝香含有の六神丸の許可取得確立に関与しました。
養殖麝香の累代繁殖は困難を極めたとの報告ですが現在に至っており緊急時にはお役に立つのではと思っています。

紫雪は幼児の手足口病の髄膜炎等に有効と推測されるので,将来EBMが確立すれば新しい用途で大勢の病気の負担を軽減すると思います。製品が残存しなければ,復活はよほどの事がなければ絶望的です。
20年前に中国全土で収集依頼をして資料館に遺した鉱物含有製薬は今は中国にもありません。

急速な近代化で中国でも貴重処方は消失しつつあります。
近時の薬事法規の大改正により大衆薬の医薬品のリスク分類が確立しましたが,かつての小柴胡湯の教訓を忘れ,ある効能に的を統って販売助長し長期に服用推奨,その後あわてて適切統一の使用基準を作成しましたが,該当処方が成立した唐時代の使用目的と歴史的な観点から捉えると,自ずから投与対象が限定されることが理解できます。

大切に民族遺産として皆の叡知を結集して全てメーカーに安全に,誇りを持って製品の販売の正しい軌道を国力を挙げて取り組んで頂きたいのです。
非難するよりまだ生薬の知識や経験の浅いメーカーに官民挙げて指導をして,文化として遺して欲しいのです。
毎月医薬品の製造メーカーは医薬品の生産動態の届け書を所轄官庁に提出,その集計に基づき生薬の輸入政策や国内での圃場育成や補助指導がなされます。 

生薬の国内での自給率の向上にも貢献しますので,既存の製品も正しい効能効果の範囲での販売であれば,新規参入もないと日本標準の生薬の加工方法や流通も数年で消滅します。 

いま最高の状態で処方の保存ができたのが建林松鶴堂様です。
これも故人の内藤豊次様元エーザイの会長で「くすり博物館」の創始者です。
外国での薬博物館に感銘を受けられ,私財で博物館を建設,収蔵品のこと,また私人としての生き方の薫陶の恩師です。

前建林社長の大奥様を紹介されました。その後,現社長の邦信様と刎頚の交わりをさせて頂いております。
第二次世界大戦後,進駐軍の司令部が浅草の近くにあり,医学制度を戦後確立した米軍のサームス准将が日本の古典処方のすばらしさに感銘され,超法規的に戦前の処方の殆どを奇跡的に遺す処置をとられたこと,朝鮮戦争時の国連軍の将兵の健康に多大な貢献をしたこと,これが幸運でした。

殆どの方はご存知ないと思います。戦後初期の『漢方臨床』の裏表紙広告には著名な大塚,矢数先生等の記述も多々見られます。 曲直瀬道三の処方,医学天正記の処方が大衆薬として平成の現在も使用できる。
源流を築いて頂いたのです。

GMPの実施,度重なる戦後の法改正,原料供給の不安問題,消費者の疾病の多様変化等の諸難問にも命を屠して,邦信様ご家族や従業員が一丸となり克服されてきました。煎薬もご懇願してかなり遺せました。
製品の意匠包装形態の近代化も進言し現在の潮流に対処されています。

原料製薬メーカーもご紹介して,高品質で最高の生薬の安定供給を長期に供給可能としました。
このメーカーは日本標準の設定で他国とは違う,日本人の体質のみ適応の販売集積です。
戦後すぐ国連軍の要請で編成された多数の人種間投与例のEBMがあり,各民族間で投与量の隔たりを経験した裏付けに基づくものです。
日本の生薬製剤の根幹の企業ブラックボックスは独白のものを集積されています。 

代表的な処方として烏薬順気散,十六味流気飲,雲林潤身丸類,道三流胃薬など目白押しです。
我が国で唯一の脂肪過多症状の効能が承認された九味半夏湯,またおたふく風の許可の赤龍湯,鬱と躁に繁用されて現在我が国の処方集にも殆んど未収載の正気天香湯,花月もあります。

散薬と湯薬剤の二種で遺りました。こういう処方は次世代に伝搬の日本の宝です。
紹介しないと存続しません。

また価格設定を大衆薬の指命として安価に設定されているのも事業継承の要因だと推測しています。
未だ満たされていない医療ニーズや未だ有効な治療方法がない医療ニーズに該当する処方が遺産として現存しています。

小生は日本東洋医学の会員ですが,会員は殆ど医師主体になっていますが,設立当初は薬剤師の方が多く,著論や寄稿も多く見られましたが,医療行為の抵触等で発表がなく,歴史的な著述に留まっています。  

会員の専門医制度と平行して専門薬剤師や専門鍼灸師制度を創立されて,三本の矢羽で我が国独自の「日本東洋医学」のシステムを構築して,現存する我が国独特の処方運用や導引や按摩,鍼灸の関連産業の振興と継続を真剣に模索しないと技術の消滅で継承不能の危惧が目前に追っています。
建林松鶴堂様は継続はほんの片鱗で,まだ百以上の許可が残存しています。一例として紹介しました。

漢方薬の呼称から生薬製剤へと転換の時期

 今年になって国民の医薬品に対する思考の変化により,家庭に一般用常備医薬品を置く風習が若い年代になじまず,配置薬業者の経営衰退がめだってきました。
また,継続購入者の高齢化で医療施設などに入居される方も多々と聴き及んでいます。
医療用薬との併用の判断は,施設の管理者等の意見が様々で,ほとんどが購入打ち切りとなる
のが現状です。   

 昨年6月の薬事法の改正で登録販売者を置くコンビニやチェーンストアで深夜や休日にも購入者が可能になったのもその一因かもしれません。
家庭の配置常備薬の中にも,貴重な動物薬を含む小児五 薬など,伝統的なものが数多く含まれています。常備されなくても店頭で正しく購入,繁用されれば薬の使命を遺すことができます。
包装のリニューアルや該当薬の開発の歴史等,簡明に消費者教育をすれば良いと思います。
私の専門分野では「漢方薬の呼称から生薬製剤へと転換の時期」を迎え,大きく舵を切る時代に突入しつつあります。